最近またオタク論争をよく見かけるが、未だに歴史と定義の確認から入る時点で話し合う価値がないと思わないだろうか。パターンを推測するに以下4つが基本で、この話をすること自体が目的なのかもしれない。
このうち上の二つを個人的にまとめてみた。
1983年、中森明夫が名付けた時はコミケに居るアニメ好きのネクラ族を指した徹底的にネガティブな言葉だったのに、1996年、岡田斗司夫が「粋の目と高性能のレファレンス能力を持つ人間」と『オタク学入門』でポジティブに再定義したことにより起こる問題。
中森明夫が『漫画ブリッコ』で挙げたおたくの特徴。
岡田斗司夫が『オタク学入門』で挙げたオタクの特徴。
岡田斗司夫らが90年代初頭に漫画・アニメ・特撮などおたく分野で食べていこうとした時に、おたくはポジティブな言葉であった方が何かと得だ、と考えた長期的戦略があったようである。岡田斗司夫の著作を読んだか読んでいないか、また納得できたかできなかったかで分かれる。
おたくに漠然とした嫌悪感を持つ一般人に対して「おたくとはスペシャリストのこと」とおたく側から言っても理解されることはなく、ネガティブな言葉であることに変わりはない。一度『オタク学入門』を捨てて町へ出ることをお薦めする。解答・ネガティブの勝ち。
『オタク学入門』にて「アニメだけが好きな人間は単なるファン又はマニアでしかない。単独のジャンルだけに興味を持つ、というのはオタク的な価値から大きく外れている」として「ジャンルのクロスオーバーがオタクの本領」と書いたことに由来。ファンやマニアは「狭く深く」、オタクは「広く深く」という使い分けを好み、「だから私はオタクじゃない(ただ〜が好きなだけだ)」という言い訳に使用される。
中森明夫は「まあ普通、マニアだとか熱狂的ファンだとか、せーぜーネクラ族だとかなんとか呼んでるわけだけど、どうもしっくりこない」ということで「おたく」と名付けた経緯がある。原典主義ならば「おたく」も「マニア」も「熱狂的ファン」も指し示す対象は一緒だったことになる。
一般世間では「マニア」の方が「おたく」よりは若干明るいイメージ、という程度で使われているのではなかろうか。自分が何者であるかを自覚しておくことに意義はあるが、その区分が広く一般的なものであるかは別物である。解答・両者は違うものだが世間との認識もまた違うもの。
1998年1月、大塚英志が連載「大塚英志のおたく社会時評 第十回・岡田斗司夫について」にて「<おたく>が<オタク>に なる過程で抜け落ちていったもの、不問に付されたものがある」と書いたことにより、「おたく - 何か = オタク」という図式が生まれたことに由来。
当たり前だがこのコラム以前から「オタク」というカタカナ表記は存在する。初出は不明だがその過程には二つの可能性が考えられる。
なお1989年の『週刊プレイボーイ』に「オタッキー」関連記事がある。宮崎勤逮捕時には『朝日新聞』『週刊朝日』『週刊ポスト』『噂の真相』で相次いで「オタク族」の名称が使われている。
大塚英志の意見に賛同する人が宮崎事件・岡田斗司夫以降の「負の部分を忘れた」過剰な消費者のおたくを「オタク」と書く場合もあるが、広く認知されているわけではない。解答・混乱するのでどちらかに統一し、使い分けは控えた方がいい。
中森明夫が『漫画ブリッコ』1983年6月号から開始した連載「『おたく』の研究」が起源。大前提。
ただし「おたく族」「オタッキー」「オタッカー」「オタク」「おタク」などは別の誰かであると中森本人が『別冊宝島104 おたくの本』で書いている。
中森明夫が「名付け親」なのは歴史的事実であるが、中森はあくまで「おたくさぁ」と呼び合っている人々の、その代名詞を象徴的なものと見立てて「おたく」と名付けたのであり、「おたく」と呼び合う人々は当然その前から居た。この代名詞を「使い始めた」のは誰なのか、を探ろうとすることから起こる問題。
いくつかの説がある。代表的なものは以下の三つ。他にも初期コミケットの会場が大田区にあったことから「おおたく→おーたく→おたく」という説も聞いたことがあるが、流石に嘘だと思う。
慶応大学幼稚舎出身の熱狂的なSFファンたちが「おたく」と呼び合っていた
彼らは熱烈なSFファンで、その中の何人かは「スタジオぬえ」というオタク系アニメ企画会社に就職し、オタク受けNo.1アニメ『超時空要塞マクロス』を作って大ヒットをとばした。時に西暦1982年。彼らはまさに全オタク、憧れの存在だった。その彼らが、SF大会などファンの前でオタクと呼び合っているのだから、他のオタクたちが真似ないはずはない。おまけに彼らは、自分たちのアニメ『マクロス』で登場人物にも「お宅」と呼び合わせている。「お宅、今ヒマ?」というのがヒロイン・ミンメイが主人公・ヒカルを誘うお言葉だ。お嬢さんお坊っちゃんタイプで、今までの努力根性熱血貧乏タイプのヒーローとは大きくかけ離れている二人が「お宅」と呼び合っているのはなかなか象徴的だ。スタジオぬえのオタクたち・及びその作品「マクロス」がきっかけで「オタク」という呼び方はあっという間にオタクたちの間で広がった。コミケと呼ばれる同人誌即売会にくるような、初心者のファンたちまで「オタク」「オタク」と呼び合うようになった。
当時女子高生SF作家として大人気だった新井素子が「お宅」という代名詞を使っていた
八一年六月の「バラエティ」掲載の 新井素子 のエッセイ「あたし、旅に出ました」の中で新井が友人の「ひろこちゃん」を「お宅」と呼んでいる。
SF作家&小説家である平井和正が小説で登場人物に「おたく」と呼ばせた
彼に「ウルフガイ・シリーズ」という佳作がある。これは不死身の狼男が主人公である一連の(正確にはニ連の、である。そんな言い回しはないが)ハードボイルドSFなのだが、その主人公犬神明が「 おたく 」という二人称を使っていた。
いずれにしろSFファンが使い始めたという点ではほぼ一致している。当時の小説・アニメ・ファンダムなどの盛り上がりすべてが絡み合った上での同時多発的なものと言えるかもしれない。解答・SFファンが使いはじめたというのが定説(誰とは断定できない)。
1989年夏に宮崎勤が逮捕された時に、彼の部屋に大量のスプラッター&ホラー映画のビデオが置いてあったことから「おたく」がメジャーなものとなり、本格的な迫害が始まった、という多数のおたく史・証言からくる疑問。
明確に号数の判る雑誌を挙げておく。この他『美少女症候群』4号(1986年)の後書きでも見かけた記憶がある。
近く『おたく族』の生態学的考察をまとめる予定
「おたく族」で有名なコミケットって知ってますか。
「ニッポン放送・三宅裕司のヤングパラダイス潜入レポ・おたく族を探る!!」
一年ほど前から「オタク」という言葉を見かけるようになった。実に不思議な言葉である。最近では、もうすっかり馴染んでしまって、その意味するところもある程度は理解できる。しかし、いまだに「オタク」の正確な定義を知らない。また、誰に聞いてもよく分からないのが不思議なところだ。(略)さて、「オタク」と呼ばれる人々は、ほぼ間違いなくパソコンの愛好者、それも、かなりドップリ浸かっている人々。「パソコンマニア」とか「コンピュータ新人類」、あるいは「ハッカー」などと分類される範疇にかなり近い概念だろう。
女にフラれたりして傷つきたくないから女に近づかない。もちろん、セックスとも縁遠い。(略)ひとりで閉じこもってたから社会の仕組みを知らない。(略)(最近の男の子の)3分の2はオタッキーだね
解答・ラジオ番組の一コーナーの名称になるなど、若者の間にある程度の知名度はあったが、1990年に「オタッキー」が流行語になったり、映画「七人のおたく」(1992)が公開されるなど、一般的に広まったのはやはり宮崎勤事件以降で正しい。1990年に宮崎事件の影響でおたく評論家を名乗りデビューした宅八郎の力も大きいだろう。